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仙台地方裁判所 昭和61年(行ウ)8号 判決

原告

遠藤一郎

原告

高橋喜一

原告

阿部直光

被告

山本壮一郎

右訴訟代理人弁護士

橋本勇

石津廣司

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  申立

原告らは、「被告は宮城県に対し金一〇万円及びこれに対する昭和六一年九月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二  主張

一  請求原因

1  原告らはいずれも宮城県の住民であり、被告は宮城県知事の地位にある者である。

2  宮城県人事委員会は自治省通知自治公一第四九号(自治事務次官より各都道府県知事及び各指定都市市長に対し地方公共団体における国鉄職員の受入れを要請したもの)、同第五〇号(自治省行政局公務員部長より国鉄職員受入れの実施手続の指導がなされたもの)に基づき、昭和六一年二月二一日宮城県人事委員会規則四−〇(職員の任用に関する規則−以下「任用規則」という)二八条一項三号の二(以下「本件新設規定」という。)を新設した。これに基づき宮城県知事である被告は、同年六月六日及び六月二〇日国鉄職員のみを対象とした採用試験(以下「本件採用試験」という。)を実施して職員一三名を採用し、地方自治法二三二条の四の一項により出納長に対し本件採用試験に伴う経費(一〇万円を超す)の支出を命じ、支出された。

3  しかし本件採用試験は以下述べるように違憲違法であり、従って本件採用試験に伴う経費の支出もまた違法である。

(一)(1) そもそも人事委員会は地方公務員法(以下「地公法」という。)七条に基づいて設けられ、地公法に体現された近代的公務員制度の守り手として種々の権限を同法八条等により付与され、任命権者から独立した専門的人事行政機関である。

人事委員会はその権限の行使にあたっては、公平性、専門性、独立性、民主性が強く求められており、その担保として地公法は九条で委員選出の民主性、罷免事由の法定、一一条で議事の民主的決定等の規定を置いている。

(2) 地公法一三条は、憲法一四条の法の下の平等規定を受けて、すべて国民はこの法律の適用について平等に取扱わねばならないと規定し、地方公共団体の行政執行の公平性、中立性、民主性を担保するため、近代的公務員制度の原則である公務を運営する公務員の公開公募の原則を確認した。

この原則を守るため同法一七条三項は、人事委員会を置く地方公共団体においては職員の採用は競争試験によるものとし、同項但書では極めて例外的に人事委員会の承認があった場合には選考によることができるとしている。選考により採用することができる職は、高度の技術性あるいは高度の知識を有するような職、またはごく簡単な職に限られる。

(3) 地公法一七条三項但書を受けて、任用規則二八条一項において選考により採用できる職を規定しているが、同項三号及び四号は本来地公法の大原則である公務員の公開公募の原則とは相容れないものである。しかしながらこれらについては国と宮城県との現実の人事交流等を考慮し、しかもそれは一時的なものであり、交流のある職も概ね特定されており、国の職に復帰することが一般的であり、同等な能力の実証がなされているという事情があるのであって、例外の例外としてのみ認められるべきものである。

(4) 本件新設規定についてみれば、国鉄と宮城県との人事交流は過去に例が無かったのに加えて、そもそもそれは予定されておらず、県と国鉄の職員の能力の実証方法も全く異なっており、一旦県の職員となれば国鉄の職員に復帰することはありえず、また採用された者が現に従事している職が従来公開公募の競争試験により任用されてきた職であり、地公法一七条三項の委任の範囲を逸脱し違法である。

(5) 右違法な新設規定は国鉄分割・民営化法案が国会を通過していない中で政府の方針を無批判に受入れた知事の意向に追随し地公法で期待される人事委員会の職責を放棄して、自治公一第四九号、同五〇号通知により創設されたものであり無効である。

(6) よって本件採用試験は右違法な本件新設規定に基づいて行われたものであり違法である。

(二) 国鉄職員のみを対象とした採用試験を行うことは、中小企業の倒産等働きたくとも働く場所のない多くの失業労働者の県職員への道を奪うこととなり、特定の者のみに門戸を開くという許すべからざる選択であり、法の下の平等を定める憲法一四条に反し違憲である。

(三) 本件採用試験は、その選考対象者を国鉄改革に協力的な者のみに限定し、国鉄の分割・民営化に反対する組合員には受験の機会を与えなかったのであるから、法の下の平等を定める憲法一四条に反し違憲である。

(四) 本件採用試験は、分割民営化のための国鉄関連法案が未だ成立していない状況下で、政府の方針に追随する自治省自治公一第四九号、同第五〇号通知を根拠とし、公開公募の原則を無視し、仙台鉄道管理局の推薦する者のみを受験させた政治的採用試験であり、地方公共団体の自主性を著しく損なうものであって、憲法九二条に反し違憲である。

(五) 以上のとおり本件採用試験は違憲違法であり、従って本件採用試験に伴う経費支出もまた違法である。

4  宮城県は、右の公金の違法支出により一〇万円以上の損害を被った。

5  被告は本件新設規定が違法であることを看過して本件採用試験を実施し、職員として一三名を採用し、出納長に対し地方自治二三二条の四の一項により本件採用試験に伴う経費の支出を命じたものである。したがって被告は故意又は過失により宮城県に損害を与えたものとして、右損害の賠償をする責任がある。

6  原告らは昭和六一年五月二七日宮城県監査委員に対し、「昭和六一年六月六日及び六月二〇日に行われる国鉄職員のみを対象とする人事委員会の行う採用試験並びに引続き知事が行う県職員への任用に伴う経費の支出は違憲違法であるから、地方自治法二四二条に基づいてその経費の支出の差止めを求める。」旨の監査請求をしたところ、同年七月二一日同監査委員から原告らの住民監査請求を認めない旨の監査結果が通知された。

よって原告らは、地方自治法二四二条の二の一項四号に基づき、宮城県に代位して被告に対し、右損害金の内金一〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年九月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を宮城県に支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。但し、本件採用試験を実施したのは被告ではなく宮城県人事委員会である。

2  同3(一)(1)の事実は認める。

同3(一)(2)のうち地公法一三条、同法一七条三項に原告ら主張の規定があることは認め、原告らの見解ないし解釈は争う。地公法一七条三項但書による選考は、原告ら主張の如く極めて例外的にのみ認められているというものではない。

3  同3(一)(3)のうち宮城県人事委員会が地公法一七条三項但書を受けて任用規則二八条一項において選考により採用できる職を規定していることは認め、その余は争う。

4  同3(一)(4)、(5)、(6)の主張はいずれも争う。

5  同3(二)、(三)、(四)、(五)の主張はいずれも争う。

6  同4の事実は否認する。

7  同5の主張は争う。本件採用試験を実施したのは被告ではなく宮城県人事委員会であり、またその経費について支出命令を発したのは同人事委員会事務局長である。なお、被告が宮城県知事として本件採用試験の結果に基づいて採用した職員数は一二名である。。

三  被告の主張

1  被告は支出命令をしていない。

都道府県における職員採用試験は、競争試験であると選考であるとを問わず、人事委員会がその独自の権限において行うものである(地公法八条一項五号、同一八条一項)。本件採用試験も宮城県人事委員会が実施したものであり、その経費も同人事委員会の予算から支出されている。

宮城県においては、人事委員会の予算の執行は人事委員会事務局長に補助執行(地方自治法一八〇条の二)させることになっており(教育委員会等への事務委任及び補助執行に関する規則五条一項二号)、かつ、右予算執行事務は人事委員会事務局長の専決事項とされている(同規則六条)。本件採用試験の経費も、宮城県人事委員会事務局長が専決により、即ち、同規定により委ねられた自己の権限に基づいて、その独自の判断により支出命令を発したのであり、被告はこの支出命令権限の行使につき何等関与していない。

専決とは、知事の権限に属する事務を常時その者に代って決裁することを意味し(事務決裁規定二条一号)、その結果が外部に表示される時は知事の意思表示としての効果を持つが、当該団体の内部においては意思決定権が当該補助機関に委ねられており、その限りにおいて個別の意思決定については知事は関与しないという制度である。かかる権限の内部的委譲があった場合、対外的関係については当該権限は地方公共団体の長たる知事の名を表示して行使されるから、表示名義者たる長が当該地方公共団体の機関として責任を負うべきことは当然であるが、地方公共団体内部の関係については、専決規定の存するにもかかわらずなお知事が当該権限の行使に何らか関与したか、あるいは受任専決者に対する指揮、監督に故意過失がある等の特段の事情がない限り、委任の理論を類推して、当該処理事項については実質的に権限を行使した受任専決者が責に任じ、知事は直接の責任を負わないものである。原告らの本訴請求は、すぐれて普通地方公共団体の内部関係に属する事柄を対象とするものである。従って、被告自身が支出命令を発したことを前提とする原告らの主張は失当である。

2  被告は本件選考の適法性の審査権を有していない。

都道府県人事委員会は都道府県知事等とともに都道府県における行政権限を分掌する独立の執行機関であり(地方自治法一三八条の二、一三八条の四の一項、一八〇条の五の一項三号)、都道府県知事は右独立機関たる人事委員会に対しては組織及び運営の合理化と各執行機関相互間の権衡を保持するために、その組織並びに職員の定数及び身分取扱について必要な措置を講ずべきことの一般的勧告権を有するに過ぎず(地方自治法一八〇条の四の一、二項、同法施行令一三三条の二)、予算の執行権は知事に留保されているものの(地方自治法一八〇条の六の一号)、それ以外の具体的な職務執行については指揮、監督は勿論、勧告の権限も有しないのである。

地方公務員法八条一項五号、一八条一項によれば、職員の選考及びこれに関する事務は人事委員会の独立した職務権限に属するものであって、知事としては人事委員会のする選考に関する事務については、これに伴う経費等の支払につきその予算の裏付けがある以上はこれを無視できないのであって、右選考事務に重大かつ明白な瑕疵があって法的には選考事務の執行と言うことができず、これに要する経費の支出をすれば当該支出命令自体が違法となるような場合でない限りその経費を支払わなければならないのである。本件においてたとえ被告が選考の経費に関する支出命令に関与しえたとしても、原告らが被告のしたとする支出命令行為の違法事由として主張するところは、支出命令そのものに存する違法ではなく宮城県人事委員会が独自の権限に基づいてした選考に関する違法であるから、右事務に関してはそれに重大かつ明白な違法がない限りこれを前提として支出命令をしなければならないものであって、右程度に達しない単なる違法は支出命令の違法事由となりえないものである。

本件において原告らが本件採用試験の違法事由として主張するところは、1 本件採用試験の根拠となった本件新設規定が地公法一七条三項の委任の範囲を逸脱した違法、無効なものであり、2 国鉄職員のみを選考の対象としたこと及び、3 国鉄職員の中でも、選考の対象を仙台鉄道管理局の推薦する者のみとしたことは、共に憲法一四条に違反し、4 本件採用試験は政治的採用試験であって、地方公共団体の自主性を著しく損い、憲法九二条に反し違憲である、というものである。しかし次に指摘するようにそのような違憲違法事由が存しないことは明らかである。

(一) 本件選考は地方公務員法一七条三項に違反しない。

(1) 地方公務員法一七条三項が人事委員会を置く地方公共団体においては職員の採用及び昇任を原則として競争試験としつつ、例外的に人事委員会の定める職について人事委員会の承認があった場合には選考によることができるとしているのは、人事委員会を置く地方公共団体はその規模が大きく(都道府県、政令指定都市と仙台市のみが人事委員会をおいている)、したがってそのような地方公共団体は採用及び昇任すべき職員数が多いのが通常であり、また人事委員会は試験実施の機能も高いと認められることから、競争試験によって職務遂行能力の判定を行うことを原則としたものにすぎず、職務遂行能力の判定を行うに当り競争試験による必要がないと人事委員会が判断した時、即ち選考によっても十分適格者を得ることができる場合には、より簡易な方法である選考によることを認めているのである。したがって選考によって十分適格者を得ることができる場合や必要な職員数が少ない場合には選考による方が効率的であり、更に選考による方が適格者を得やすい時があることから、そのような場合には人事委員会を置く地方公共団体においても同委員会の定めるところにより選考による採用及び昇任が可能とされているのである。

原告らは選考による職員採用が認められるのは高度の技術性、或いは高度の知識を有するような職、又はごく簡単な職を除いては、過去から人事交流がなされていて、しかも一定期間経過後に現職復帰するような職に限られると主張するが、人事交流の有無はその時々の人事政策によって左右されるものであり、過去に人事交流の対象となった例のない職だからといって選考の対象とならないということはできないものである。従って過去の人事交流の有無、現職復帰の予定の有無は選考による職員採用の可否とは無関係である。

(2) 本件採用試験の根拠となった本件新設規定について見れば、公共企業体においては国、地方公共団体と同様に職員の任用を「その者の受験成績、勤務成績又はその他の能力の実証に基づいて行う」ことが法律上義務付けられており(旧日本国有鉄道法二七条、旧日本電信電話公社法二九条等)、その採用にあたっては国等の競争試験、選考と同様の採用試験がなされ、昇任にあたっても能力の実証を経ているのである。したがってこれら公共企業体職員を任用対象とする場合には国、人事委員会を置く地方公共団体の競争試験、昇任試験に合格したものを任用対象とする場合と同様、既に公的機関による能力の実証を経ており、選考によって十分適格者を得ることができるのであり、かかる場合に選考によるものと規定する本件新設規定はまさに地方公務員法一七条三項に適合するものであり何等の違法も存しない。

(3) 本件新設規定が適法であることは、国家公務員の採用につき人事院規則八−一二の九条四号が同旨の規定を置いていることからも明らかである。国家公務員の場合に選考によることが許され、地方公務員の場合には許されないとする理由はない。

(二) 本件選考は憲法一四条に違反しない。

地方公共団体がその職員を選考により採用する場合、選考対象者をどのように決定するかは、人事委員会規則に反しない限り、当該地方公共団体の任命権者の自由裁量に委ねられている。宮城県人事委員会規則上、国鉄職員を選考により宮城県職員として採用できることは(一)において述べたとおりである。また国鉄改革においては新経営形態移行に伴う要員合理化により生じる余剰人員対策が重要な課題であり、宮城県においても国鉄職員として同県に居住する者の雇用安定が宮城県の最大の社会的、政治的課題となっていたのであり、被告は宮城県知事として、国鉄改革の成功を図り地域の雇用問題を円滑に解決すべく、担当部局に検討を命じ関係機関とも十分協議を重ねた結果、県職員の欠員補充にあたっては、法律的、行政的に可能な範囲で国鉄職員を採用することが必要であるとの結論に達したのである。本件採用試験に基づいて職員が採用された昭和六一年八月一日当時は、条例定数六四二二人に対して実数は六三〇〇人であって一二二人の欠員があったことから、この欠員の一部(一二人)を国鉄職員の採用によって補充することを決定したのである。このような経過からすれば国鉄職員を選考対象者としたことには合理的な理由があり、裁量の範囲内の措置というべきである。

なお、宮城県は自治省の国鉄職員採用手続に関する指導に則り、仙台鉄道管理局より九一名の国鉄職員の推薦を受け、これを対象として本件選考を実施したのであって、本件試験実施手続には何等違憲違法事由はない。

(三) 本件選考は憲法九二条に違反しない。

自治省通知自治公一第四九号は地方公共団体に対して国鉄職員の受入れを要請したものにすぎず、地方公共団体を法的に拘束するものではない。また自治省通知自治公一第五〇号も、自治省が地方公務員法等の主管官庁として地方公共団体が国鉄職員を受入れることとした場合の手続を指導したものにすぎない。

宮城県としては、自主的な判断に基づき国鉄職員を要員計画の範囲内で受入れることとし、その上で自治省通知自治公一第五〇号で指導された手続に則って本件選考を実施したのであり、何等自主性が損なわれた事実もなく、憲法九二条違反と評価されるいわれはない。

3  被告に故意・過失はない。

被告が本件選考経費について賠償義務を負うためには被告に故意又は過失が存しなければならない。

人事委員会は独自の規則制定権を有し地方公共団体の他の行政機関からは独立した機関であり(地方自治法一三八条の二、一三八条の四の一、二項、一八〇条の五の一項三号、地方公務員法八、九条)、長を含めた他の機関は同委員会規則に拘束されるのは当然である。その上、本件採用試験の根拠となった本件新設規定については、その改正前から人事院規則八−一二に同趣旨の規定が置かれ、地方公共団体としても岡山県、広島県、福井県、三重県等の人事委員会規則には同趣旨の規定が置かれていたのである。しかも、地方公務員法の主管官庁である自治省は自治省通知自治公一第五〇号により国鉄職員を地方公共団体が受入れるに当たっては同趣旨の人事委員会規則を置いて選考によるべきことを指導していたのである。

したがって右のごとき状況下においてその合法性についての審査権を有しない被告が本件新設規定が適法であり、これを根拠とする本件採用試験も適法であると信じたのは当然の事であり、当該規定が仮に違法であったとしても故意はもとより何等の過失もない。

4  宮城県には損害が発生していない。

仮に違法な財務会計上の行為により一定額の公金支出がなされたとしても、その支出額が直ちに損害となるものではなく、当該財務会計上の行為が適法になされたとしても右と同額の公金支出を必要とする場合には何等の損害はないのである。

本件選考は宮城県における職員の欠員を補充するために行ったものであり、これによって不必要な職員を敢えて採用したものではなく、本件採用試験時には具体的な職員採用の必要性があったのである。そして、当該職員採用を競争試験により行った場合には、筆記試験等による(任用規則六条)ほか、試験の告知方法として県広報への登載、テレビ、新聞による公表を行う(同規則七条一項)ことが必要であり、少なくとも本件選考による場合と同額以上の経費を要することは明らかである。

したがって本件選考が仮に違法であったとしても宮城県には何等の損害も生じておらず、被告の損害賠償責任が発生する余地はない。

四  被告の主張に対する反論

1  人事委員会の権限行使の裏付けたる経費については、予算の配当は知事に留保され、予算の執行は知事の出納長に対する支出命令により行われるのであるから、本件選考の支出命令に知事は関与している。

2  被告は知事として自治公一第四九、同五〇号通知を受け、自治省の要請を受入れて国鉄余剰人員の受入れを決定し、人事委員会に任用規則の変更を行わせ、その後昭和六一年に一三名の受入れを明らかにし、仙台鉄道管理局に採用人員の概ね五倍の推薦を依頼し、自らの権限に基づいて、人事委員会に選考を申請したのである。人事委員会は知事の選考申請に基づいて選考事務を実施したにすぎず、被告が本件選考の適法性の審査権を有するのである。

3  国鉄職員が採用試験によって実証される能力はあくまでも国鉄職員としての能力にすぎず、公平性、中立性が要求される公務遂行能力の実証とは異なるのであり、自治公一第四九、同五〇号通知は地方公務員法の公開・公募の原則に違反している。被告はこの通達の違法性を知りながら余剰人員の受入れを決定し、人事委員会の独立性を犯して規則を変更させ、人事委員会に選考を実施させたのであるから、被告には故意がある。仮にその違法性を被告自らが認識していなかったとしても、自治省通達の違法性を吟味しないで漫然と選考を行わしめた被告の行為には過失がある。

4  被告は余剰人員を受入れるために、本来行う必要のない違法な選考を行い、それに係る経費を費消している。仮に、現に選考により欠員を補充しなければならない緊急性があったとしても、通常の選考によらず、余剰人員を採用するために採用人員の五倍の者を受験させて通常の選考よりも多額の経費を支出しているのであるから、県に損害を与えていることは明らかである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一地方自治法(以下単に「法」という)二四二条の二の規定による住民訴訟の制度は、普通地方公共団体の長等が違法な公金の支出等、法二四二条一項所定の行為(以下これを「財務会計上の行為等」という)をなし、もしくはこれが相当の確実さをもつて予測されるときに、これらの行為等が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民(納税者)全体の利益を害するものであるところから、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、住民に対しその補填、是正ないし予防を裁判所に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものである。換言すれば、右財務会計上の行為等の適法性ないしその是正の要否について地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に、住民が自らの手により違法の防止又は是正を図ることができる点に制度本来の意義がある。

このように、住民訴訟の対象は財務会計上の行為等(財務事項)に限られているのであるが、右「財務会計上の行為等」を、狭く財務会計法規違反の行為等に限定すると、公金の支出が違法として争われる場合の大部分は、直接公金の支出の規制を目的とする法規(いわゆる財務会計法規)につき手続的には一応これを遵守していることが予想されるので、住民訴訟の対象を右の如くに限定してしまうと、住民訴訟の持つ地方財務行政の適正な運営確保の目的はほとんど機能しないことになる。他方、地方公共団体において公金の支出を伴わない行政行為はおよそ存在しないのが実情であるから、それ自体は非財務行為であるところの行政行為についても、それが違法であることの故にこれに伴う公金の支出も違法となるとの主張を是認し、右行政行為の適法性を争う途を無限定的に認めると、住民訴訟は広く行政一般についての政策論争の場になるか、或いはこれが政争の具に利用されることにもなりかねず、かくては住民訴訟の対象を財務事項に限った趣旨を逸脱することになる。

このような広狭両極端の運用は法の予定しないところであるというべきであるから、住民訴訟の対象となるのは、財務会計法規に直接違反する行為のほか、地方公共団体の長等がその事務の適正な執行・運営を規律するための法規に違反し、また、明文の規定に違反していなくても公務秩序に照らし正当として是認しえないような行為(これらを以下「先行行為」という。)をし、これら先行行為が後行する公金の支出行為と事実上直接的な関係に立つ場合をも含むものと解するのが相当である。けだし、住民訴訟の本来の目的から逸脱した訴権の濫用を防ぎ、違法な授益的行政により地方公共団体の財産が損なわれることを納税者たる住民の立場から監視しようとする住民訴訟制度の趣旨に最もよく適合するからである。そして、右にいう「事実上直接的な関係」とは、先行行為を行うことの主たる目的が実質的に見て後行する公金の支出に向けられていると評価できるものであること又は先行行為を行うことによって手続上他に何等の債務負担行為(支出決定)を要せず当然に地方公共団体が後行する公金の支出義務を負担することになることと解すべきである。

二そこで、本件において原告らが違法であると主張する国鉄職員のみを対象とした宮城県職員への採用試験と、採用試験実施の結果宮城県がその費用を支出したこととの間に上述のような関係があるか否か検討するに、〈証拠〉によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  政府は、昭和六〇年一二月一三日、閣議決定「国鉄余剰人員雇用対策の基本方針について」をもって、改革に伴い国鉄に生じた余剰人員を各省庁において相当数受け入れることを決定すると共に、地方公共団体に対し、昭和六一年度から昭和六五年度当初までの間において、国が講じる措置に準じ積極的に採用を進めるよう自治省から要請することとした。

2  右方針に則り、自治事務次官は、同年一二月二三日各都道府県知事及び政令指定都市市長に対し、自治公一第四九号をもって、各地方公共団体における国鉄職員の受け入れを要請する旨の通知をし、さらに自治省行政局公務員部長は、同月二四日、右知事及び市長に対し、自治公一第五〇号をもって、国鉄職員受け入れの実施手続についての指導に関する通知をした。

3  地公法一七条三項本文は、人事委員会を置く地方公共団体においては職員の採用は原則として競争試験によるものの、同項但書によれば、人事委員会の定める職について同委員会の承認があった場合は選考によることができるとされているところ、これを受けて任用規則二八条一項は、選考により採用することができる職を定めており、同条三項は、これらの職への選考による採用については、人事委員会の承認があったものとみなしている。宮城県知事は、自治省からの前記要請に応じることとし、採用しようとする職が右規則二八条一項三号の二の「公共企業体に現に正式に任用されている者又はかつて正式に任用されていた者」に該当していることから、国鉄職員を対象に選考を行い、県職員に採用することとした。

4  宮城県知事の請求により、同県人事委員会は、地方公務員法一八条により、昭和六一年六月六日及び同月二〇日、国鉄職員を対象として本件選考試験を実施した。

5  宮城県においては、人事委員会の予算の執行は同委員会事務局長に補助執行させることになっており(事務委任規則五条一項二号)、かつ右予算執行事務は人事委員会事務局長の専決事項とされている(同規則六条)。専決とは、知事の権限に属する事務を常時その者に代わって決裁することを意味し(事務決裁規程二条一号)、県人事委員会事務局長は、右委任等規則五条、六条、事務決裁規程二条に基づき、自己に委ねられた専決権限によって、県出納長に対し、本件採用試験の経費の支出命令を発し、出納長は右経費を支出した。

以上の事実によれば、本件採用試験の目的が国鉄職員の県職員への任用という非財務的事項にあり、本件選考に費用を支出すること自体を主たる目的とするものでないことは一見して明らかである。加うるに、採用試験を実施するのに要する費用を支出するためには、別に支出決定が必要であることもまた明白である。

三以上検討してきたことから明らかなように、本件訴はそもそも法二四二条の二の住民訴訟によっては争えない事項を目的とするものであり、かかる訴は不適法といわざるを得ない。

よって、本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林啓二 裁判官吉野孝義 裁判官岩井隆義)

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